企画展のご案内 ギャラリーコーナー イベント
展示のご案内

8月14日(土)〜10月3(日)
- 午前9時30分〜午後4時30分 -
月曜休館(9月20日は開館)

 
 

企画展 海に消えた徴用船たち

 

徴用船とは戦時体制下で国家の名のもとに強制的に集められ、戦争のために軍艦(航空母艦・巡洋艦)や輸送船に改造された船舶のことです。第2次世界大戦で開戦時に軍が徴用した船舶2,736隻の内2,568隻が破壊、撃沈され、60,331人の船員たちが戦死したといわれています。

徴用船はもともと商船として貨物や旅客を扱い、平和と豊かさの象徴として世界の海に活躍していました。しかし、戦争が始まると同時に船舶が不足するようになり、商船を徴用して軍事力強化のため、軍艦や輸送船に改造して戦時に当たらせたのです。昭和12年(1937)7月に日華事変が勃発しヨーロッパでも戦火が拡がっていくなか、日本政府は徐々に戦時体制へ移行していきました。昭和16年(1941)12月太平洋戦争が勃発すると、昭和17年(1942)3月に戦時海運管理令が公布され、全国の船舶が国家使用となり、更に同年4月に設立された船舶運営会の下に一元的に運行管理されることとなりました。各船舶会社はすべての海外航路を閉鎖するだけでなく、船舶も船員も国家に徴用されたのです。その結果、世界に誇った豪華客船や高速優秀貨物船はその殆んどを失い、わずかに海軍の病院船であった氷川丸などが残っただけでした。昭和20年(1945)に戦争は終結しましたが、船舶会社にはなお悲劇が待っていました。ただでさえ残された船舶が少ない上に、連合軍の占領下において活動が制限され続けたのです。昭和24年(1949)4月に漸く定期用船制度に切りかえられ、翌年4月に大型船が民営還元されたものの、光明が見え始めたのは昭和30年代に入ってからのことでした。

戦争は軍人や軍属だけが当事者ではありません。戦争に関わった人々は総て当事者であるのです。しかし、積極的に協力した者と、仕方なくしぶしぶ協力した者や、戦争に反対しながら協力させられた者など、いろいろの立場の人々が居たことは現在知られています。

今回の展覧会では、企業努力で営々と築いてきた会社の財産である優秀な船舶や船員たちを、惜しげもなく戦線に送りださなければならなかった船舶会社の姿を、失われた徴用船の状況から振り返ってみたいと思います。展示は模型船(40点)と船舶画家 上田毅八郎氏の作画による水彩画(65点)で構成いたします。


 
 
8月14日(土)  〜 10月3日(日)
開館時間

午前9時30分〜午後4時30分
月曜休館(但し、9月20日は開館)

入館料 (企画展・常設展)
大人400円・中高生300円・小学生200円
※土曜日は小・中学生無料
割引券はこちら
団体割引 20名以上20%引
 
主催 財団法人清水港湾博物館
 〒424-0943
 静岡市清水区港町2-8-11
 TEL 054-352-8060
後援

静岡県教育委員会/静岡市教育委員会/NHK静岡放送局
朝日新聞静岡総局/毎日新聞静岡支局/読売新聞静岡支局
産経新聞社静岡支局/静岡新聞社・静岡放送/中日新聞東海本社

協賛 鈴与グループ

 

 

アクセス

地図

車でお越しの場合
東名高速道路清水ICから国道1号(静清バイパス)を0.5km走った庵原交差点を右折、県道338号を1km走り、柚師交差点を右折し国道1号・国道149号を三保方面に3km走った日の出町交差点の先です。
(無料駐車場有)

バスでお越しの場合
JR清水駅または静鉄新清水駅から静鉄バスの三保方面行きで5分、
「波止場フェルケール博物館」で下車してすぐです。

 

 


2010年〜2011年 
■フェルケール博物館 企画展ご案内■

会期

 展覧会名
4月3日〜5月9日終了しました

(特別展)
建穂寺の仏像 ―栄華を残す駿河七観音ひとつ―

 南都六宗のひとつである法相宗は天武13年(684)道昭が草創し、養老7年(723)にその弟子の行基が再興したとされています。建穂寺の千手観音菩薩はその行基が彫ったと伝えられていて、現在も駿河(安倍)七観音のひとつとしてよく知られています。平成20年2月、建穂寺観音堂において京都国立博物館が仏像の調査を行った結果、平安時代制作の仏像群や鎌倉時代の金剛力士像が確認されました。今回の展覧会では、京都国立博物館の特別協力を頂き、県民・市民への報告を兼ねて10体の仏像を展示公開いたします。
5月15日〜6月27日終了しました

(企画展)
武士の表道具 ―甲冑・刀剣の美―

 「武士の表道具」とはいわゆる武具のことで、太刀・刀・槍・弓矢・甲冑などを意味しています。日本の武具は、実践的な機能の他に平和時には観賞用として、また財力に応じた富の象徴として、高度な技術を持つ職人たちによって創られてきました。刀鍛冶・研師・甲冑師・弓師・矢師などが、当時の工芸技術の枠を結集昇華させた一大工芸美術品という事が出来ます。武具は用の具でありながら多様な興味を満足させるものとして、多くの人々の心を引き付けています。
7月3日〜8月8日終了しました

(企画展)
北川純アートプロジェクト

 北川氏は愛知県の出身で、昭和62年(1987)に多摩美術大学を卒業して、現在横浜に拠点を置き、各地で多種多様な作品造りやイベントにチャレンジしている若きアーティストです。平成15年(2003)に「キリンアートワード2003」で優秀賞を受賞し、平成20年(2008)には「小田原市ストリートアートデザインコンペ」でグランプリを受賞しました。現在「北川純アートプロジェクト」シリーズが進行中で、企画者・会場側と企画を練りながら空間を作品で埋める方法で、各地に個性あるメッセージを発しています。今回の展覧会では、ストローとバルーンを多用します。気分が明るくなるような展覧会で皆様に楽しんで頂けると思います。
8月14日〜10月3日

(企画展)
海に消えた徴用船たち

 徴用船とは戦時体制下で国家の名のもとに集められ、戦争のために軍艦(戦艦・航空母艦・巡洋艦・駆逐艦など)に改造された船のことです。もともと商船として貨物や旅客を扱い、平和と豊かさの象徴として世界の海で活躍していました。しかし戦争が始まると同時に船舶が不足するようになり、商船と船員を徴用して軍事力強化のため戦時に当たらせたのです。今回の展覧会では、企業努力で営々と築いてきた会社の財産である優秀な船舶を、戦線に送り出さなければならなかった船舶会社の姿を、失われた徴用船の状況から振り返ってみたいと思います。展示は模型船と船舶画家・上田毅八郎氏の絵画で構成します。
10月9日〜11月14日

(特別展)
近代を彩った鹿児島の美術家たち ―鹿児島市立美術館コレクション―

 鹿児島には、雪舟流の画人の系譜があり、室町時代には既に多くの画人が存在していたようですが、江戸時代の延宝7年(1679)に木村探元が生まれ、狩野探幽に私淑して狩野派に学びながら、雪舟を意識した作品を多く残しました。しかし明治の世となり伝統ある日本画・水墨画の文化を持つ土地にも、西欧の文化が押し寄せてきました。従来の日本画・水墨画に飽き足りない画人たちは西洋画に憧れ、勉強のため幾人かはヨーロッパに渡っていきました。その結果、黒田清輝・藤島武二・和田英作らが西洋画の技法を習得して帰国し、その後の日本の洋画壇をリードしていきました。今回の展覧会では、鹿児島市立美術館の協力を頂き、鹿児島が輩出した明治期の画家や工芸・彫刻家たちを紹介していきます。
11月20日〜2011年1月23日

(企画展)
池田正司回顧展

 池田氏は明治44年(1911)に庵原郡由比町東倉沢に生まれ、20代は陸上競技においてローハードルその他の選手として活躍しました。また青年教育に専念し戦後の文化活動の普及に努め、文化財事業や県内公民館設立の奨励促進、各地の青年団結成、青年学級の設立に東奔西走しました。さらに静岡県下の文化振興にも努め、現在の県芸術祭の基盤作りに情熱を燃やしました。一方、昭和25年(1950)に県水彩画協会を結成し、30数年間水彩画の普及と会の運営に尽力しました。また日展に入選15回を果し、昭和57年(1982)会友に推挙され、同年7月に亡くなるまで静岡県の水彩画壇をリードし続けました。今回の展覧会では、スポーツマンでありながら教育者・画家としてそれぞれを生き抜いた池田氏の足跡を辿りたいと思います。
1月29日〜3月6日

(企画展)
「日本の国境線・知られざる美しき島々」写真展

日本の国境線は陸上においては存在せず、すべて海上の島々をつないで形成されています。国境線に位置する島々は、立派に日本の領海を、また経済水域を保つために重要であるばかりではなく、実に美しい自然の宝庫です。日本のはるか孤島といえばそれまでですが、人工的な営みが少ないだけに多くの自然が残されています。今回の展覧会では、その現状を貴重な写真によって紹介し、国境線の島々が持つ美しい魅力を感じ取って頂ければと思っています。

3月12日〜4月10日

(企画展)
前田守一の版画展

前田氏は昭和7年(1932)に浜松市に生まれました。20歳の時版画家山口源に出会い、従来の木版画とは違う思想性のある哲学的な雰囲気の作品に魅了され、現代版画の道を志すようになりました。そして昭和34年(1959)に第27回日本版画協会展で協会賞、モダンアート協会展で新人賞をそれぞれ受賞し、各地で個展や招待出品に応じ、昭和47年(1972)日韓現代美術展の企画・運営に参加したり、五ヶ国芸術家会議に出席し活動の幅を広めていきました。氏は木版創作にとどまらず、本の装丁や新聞連載の挿絵・小説なども手がけ、いずれも豊かな才能を開花させましたが、平成19年(2007)に惜しくも他界されました。今回の(企画展)は、前田氏の業績を振り返るのと同時に、世界に発信していた氏の姿勢を再認識出来る展覧会にしたいと思っています。